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電子出版時代の新聞の果たす役割は?

午前中に、長岡京、夕方から海老名と営業の人たちに絶妙なスケジューリングをされてしまいました。前泊するには、ちょっともったいなく、かといって、夕方からのミーティングの資料は、午前中にやるつもりだったのを急遽、20枚くらいのスライドを(まあ、基本ありものを切った張ったですが)ぐずぐずと「ブラタモリ 六本木」などを観ながら作ったりです。

 長岡京から、京都に戻る間に東海道線の車窓から、サントリーの山崎ディスティラリーが見えます。いつも、「時間があったらよってみたいなー」と思いますが、なかなかサボる暇が見つかりません。 orz
 そういえば、山崎1984年が、賞を取ったようですね。「1984年かぁ・・・」バブル前夜、いま思えば、日本が一番マトモだった時期のような・・・

 正直、ここのところ忙しすぎます&京阪方面のお客さんを行きがかり上担当しているので、おのずと出張が多いです。

 まあ、去年の今頃は「ま~ったく」仕事が無くて、早く家に帰れるのは「らっき~」ですが、「このまま、職ごと無くなるんじゃないだろうか?」と、ふと背筋が寒い感じだったのですが、今年は忙しいですね。「3月末までの予算消化をしたい」というお客さんがちらほらといます。去年(正確には一昨年)は、梅雨明けまえからもう、「秋以降も予算がない」といわれてた気がしますから、少しは景気が持ち直しているのかもしれません。

クビなるより、まし、とばかりに、西に東に、今日もオヤジは駆けずり回っております

 


それはともかく、日経新聞です。電子版は+1000円というサービスを去年からやっているのですが、正直「電子版のみ」が欲しいです。とりあえず、同額でもいいや。

 

 メディアとは「媒体」のことであり、「コンテンツ」が欲しいのだが、グーテンベルグに始まる聖書の印刷(ほぼ「だれでも」聖書が手に入る→宗教革命となるわけですが)以来、「紙」を売ることがメディアの役割、買うほうも「紙」を買うことに何の疑問も持ってない、ということなのでしょう。

 日経新聞社が本当には「地球への優しさ」なんて考えてない、というのは暴論でしょうか? もちろん、「紙」を運んでいることで禄を食んでいる人たちを今すぐ切り捨てろとまでは、言いませんが、電子版のみを買うことへのインセンティブを多少なりともつけるのが正しい、地球への優しさですよね。

 紙を運んでいる商売自体は、(おそらく)先細りでしょう。今すぐ切り捨てるのは、無理があるのなら、電子版のみ切り替えた人の料金から、キックバックを出せばいい。キックバック自体はだんだん下げることで、ハードランディング避けるくらいしか思いつきませんけど。

で、誰も紙を買わない時代の新聞の役割は何か?みたいな話をこの間、同僚と酒の肴にしていたのだけれど、私なりの結論は「『そのとき、メディアはどう伝えたか』のスナップショット」に尽きるのではないか、ということ。大掃除をしていて、昔の新聞紙が出てきたときに、それに読みふけってしまうのはそういうことでしょ。

で、現状を見ると、新聞報道をLinkにしてあるページって、Link切れになっていることが多いような気がします。つまり、「スナップショット」のアーカイブとしては機能しているように思えないわけです。2010年は電子出版元年、なんていい方もされているようですが、メディアとしての新聞の「生き残り方」としては、そういう方法もあるんじゃないか、というハナシです。

 



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